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TURLEY WINE CELLARS ターリー・ワイン・セラーズ
Ehren Jordanアレン・ジョーダン

~ I'm not interested in being surrounded by "Yes-man".
 I'm always interested in people who are passionate about wines. ~
アレン・ジョーダン

ハードコア・ファン
最近そのルーツが取り立たされているジンファンデルだが、依然「カリフォルニア独自のバラエタル」として、根強いファンを持っている。「ZINしか飲まない」という、徹底したハードコア・ファンがいることからも、このバラエタルが他のものとは違うオリジナリティを放っていることがわかる。

ジンファンデル愛好家なら、必ず出会う憧れのワイン、それが「TURLEY」だ。末広がり、寸胴の独特なボトル・シェイプ、下の方に控えめに貼られた、エレガントなデザインのエチケット。今回は、その「ターリー」のワインメーカー、アレン・ジョーダンを紹介しよう。

ワイン屋で配達係り
でっかいピックアップ・トラックを乗り回すアレン・ジョーダンは、上背のあるナイスガイだ。東海岸ピッツバーグ生まれの彼は、ワシントンDCのカレッジに通っていた頃、学資・生活費を稼ぐために、友人の誘いを受けてワイン屋で働く。重いワインのケースを動かすデリバリー・ボーイだったのだが、店の主人が彼のことをいたく気に入り、試飲会やトレードショーに彼を連れ回してくれた。

ロマンティックでない仕事
大学卒業後、コロラドに移住、ハイ・クオリティ・ワインを取り扱うホールセーラーに職を得るのだが、販売ノルマのプレッシャーがいつまでたっても好きになれず、靴や洋服を扱うのと同じ「セールス」という仕事に執心できなかった。

「全然ロマンティックじゃないだろ?」スキーが大好きだった彼を、友人の一人がアスペンに誘い、面白くない仕事にふてくされていたアレンのために、電話一本でレストランのワイン・スチュワード兼バイヤーの職を紹介。スキーシーズン終了と同時にレストランでの仕事も終わり、アレンはバケーションでナパにやってくる。

VIOGNIER

出会い、ワイン造りへの傾注
ジョセフ・フェルプスのツアーに参加したアレンは、2ヶ月のテンポラリー・ジョブとして、ツアーガイドをそこでやってみないかと誘われる。(彼のオープンな雰囲気が、こういうタイムリーな誘いを呼び起こすのだろう。)ここでアレンは、当時ジョセフ・フェルプスで「National Sales Manager」をやっていたブルース・ネイヤーと出会う。親しく話し込むうちに、ブルースから、彼のアシスタントという正社員のポジションを与えられたのである。1990年のことだ。それから2年間、アレンは ナショナル・マーケティング・コーディネータとして、輸出、販売業務に携わり、頻繁な出張をこなす。

セラーや畑の仕事を見ているうちに、次第に彼はそっちへの関心を深めていった。自分で葡萄を育てワインを造ることは、この上なくチャレンジングな仕事と、彼の目に映ったのである。ところが、当時のジョセフ・フェルプスでは(今でも、大半のワイナリーがそうだと言うが)、Enologyぶどう酒醸造学の単位を持っていなければ、ワイン造りに関わるポジションにつくことができなかった。

フランスでOn the Job Training
ワイン造りはしたいけど、今更また大学に戻って勉強するのも鬱陶しいと思ったアレンは、学位など持たない造り手がたくさんいるフランスに渡り、北ローヌ・ヴァレーの小さなワイナリーに行く。生産量1000ケース足らずのブティック・ワイナリーで、2年間、1から10まで全てのプロセスをこなし、基本的なワイン醸造知識を実地で取得していった。

フランスにいる間、仏ワインのインポーター会社に転職していたブルース・ネイヤーが彼を尋ねてきた。ブルース自身のワイナリーを立ち上げるにあたり、そのワインメーカー兼パートナーをアレンに打診したのだ。

マーカッシン・ヴィンヤードから、ターリーへ
1994年秋、カリフォルニアに戻ったアレンは、「Neyers」に参画。立ち上げ当初は資金が出て行くだけなので、別の仕事として、カリスマ・ワインメーカーと呼ばれるヘレン・ターリーのもと、マーカッシン・ヴィンヤードで働いた。のちに、ヘレンの兄弟、ラリー・ターリーに紹介され、1995年春から、ターリーのワインメーカーとなる。

ヘレンが手がけた93・94年のワインメーキング、93年もののボトリング以外は、全て、アレンがやってきている。彼のワインメーカーとしての歴史は、ターリーの歴史であるとも言える。

ZIN

ジンファンデルの登場
アレンは、「ネイヤーズ」から、彼最初のジンファンデルをデビューさせている。1994年ヴィンテージのことである。このワインを、ラリー・ターリーが非常に気に入り、ターリーでもそのようなZINを作るよう、アレンに依頼。そしてできてきたのが、ターリー最初のジンファンデル、95年 Dualte Vineyardなのだった。

フランスのワイナリーでは、シラーしか造っていなかったアレンが、ジンファンデルを手がけるようになった動機は何なのか。「もし、ジンファンデルを或る一つのカテゴリーに入れるとしたら、他のどれよりもローヌ・バラエタルに共通するものがあるんだ。フレンチ・グレナッシュと似てるね。

ものすごくよく実って熟す、アルコール度が高い、極めてむらがあって、気難しくて、古い樹齢の木が占める割合が高い。ローヌ・バラエタルに近いっていうことが、やってみたくなった理由かもね。」アレン自身、ウイリアム・セリエムのジンファンデルが大好きで、それが一つの指標になっていた、とも言う。

OLD VINEの魅力
ジンファンデルは、樹齢の古いものが多いことが一つの特徴だ。現在ターリー・ブランドで出ている中で一番古いのは、1894年生まれのDualteデュオルテ・ヴィンヤードのもの。更に、今年から1885年生まれのUeberrothユーベラー・ヴィンヤードが加わった。

「カベルネ、シャルドネにはold vineってないだろ?ジンファンデルにはそれがあって、古い木ほどアルコール度が高くてベストなワインが出来てくるんだ。それがまた面白い。」

アレン・ジョーダン

そしてピノ・ノワール
フルボディでアルコール度が高い、いわゆる「ビッグ」なワインであるジンファンデルを作る一方、ワイン愛飲者としてのアレンは、大のブルゴーニュ・ファンだ。「なんたって、フランスで初めて訪れたワイナリーがロマネ・コンティだからね(笑)」

こうして、デリケートでエレガントなピノ・ノワールを、ジンファンデルの造り手が手がける。「よく聞かれるんだ。確かに両極端くらいに違うバラエタルだけど、この仕事の楽しさは、『学ぶこと learning』だと思うんだ。ZINのこと全部わかったわけじゃないけれど、今のところ、割と問題なくcomfortableに作っている。ところがピノ・ノワールは、ほら、すごく難しい葡萄だろ?わかりやすいカベルネと違って、何もかもが曖昧模糊としてる。そういうものにチャレンジするのが楽しいんだよ。」

アレンのピノ・ノワールは、彼の奥さんの名前を冠した独自ラベル「フェイラ」で味わうことができる。「Failla Pinot Noir、Keefer Vineyard」を機会があったら、お試し頂きたい。香り豊かな、心わき躍る素晴らしいピノ・ノワールだから。

学位ないのが強み
フランスにいる間、ブルース・ネイヤーの通訳として、たくさんのワイナリーを訪問し、大物達に会い、それらのワインを試飲できたことは、アレンにとって大きな収穫だった。どうやったらこれができるのか、こういう問題はないのか、こうしたらどうなるのか等など、興味が向くまま質問を重ねたと言う。

「まるでスポンジだよ(笑)語られたこと全部が僕の中に知識として入っていった。醸造学の学位を持ってなかったから、『こうあるべき』といった前知識・偏見がなかった。それが良かったんだろうね。」学位なしの彼は、また、実験・チャレンジも恐れない。〜すべきでない、という知識さえ持たずに来たのだから、何を恐れることがあろうか。

数字じゃわからん
未だにラボラトリー関係の仕事は好きじゃない、というアレンは、ハーベスト時期の判断も数字に頼らない。「葡萄の成熟度っていうのは、糖度とか、pHとか、TAとかで全てがわかるってものじゃないんだ。これらの数字でピーク時を判断するっていう方法に、実にたくさんの人達が囚われているんだけどね。畑に行ってみれば、それぞれの木がハッキリと、そのピークを見せてくれるんだよ。色や形をよ〜〜く見る、そして取って食べてみる。ジンファンデルの場合、多くの造り手は、ブリックス24あたりで摘んでしまう。それが適度な数字だからね。でも、その時点の葡萄を食べてみると、僕にとってはまだまだグリーンすぎるんだ。だから、僕がこれはウマイ!と思える時点の葡萄を調べると、ブリックスが27を超えてるよ(笑)」

数字に囚われないワイン造りができるのは、データや研究作業に追われて取得する学位を持たない彼の強みと言えるだろう。キーパーソンとのタイムリーな出会い、実地で取得してきた勘と経験、チャレンジすることへの貪欲さが、彼の「学位」なのである。

アレン・ジョーダン

人に恵まれ、人を育てる
学位も持たず、カリフォルニアでのワイナリー経験も乏しいアレンを、ワインメーカーとして雇い、その実力を信頼してきた、ターリーのオーナー、ラリー・ターリー氏も素晴らしいが、その「人を育てる」精神は、アレンにも引き継がれている。アレンのもとで働いた人達は、いづれも実力のあるワインメーカーとして数年後に独立していっている。

コパインのWells Guthrieウエルズ・ガサリー、アウトポストの Thomas Brownトーマス・ブラウン、そして2002年ヴィンテージからデビューするJamie Whetstone ジェイミー・ウエットストーン。いづれも、知る人ぞ知るワインの造り手だが、面白いことに、この3人全員、アレンと同様、ぶどう酒醸造学の単位を持っていない。 「いや、別に専門の単位を持ってないことが条件というわけじゃないんだけど(笑)。僕がこんなだから、アレンを頼っていけば学位がなくても大丈夫だと、向こうが思ったのかもしれないぞ。」

ワインへの情熱
「彼らから僕が学んだことも、すごく多いんだ。 長年やってきてちょっと疲れた気分の時でも、未知なものを知る時の彼らの興奮度とか、目の輝きとかを見ると、ああ、そうだったんだ、ワイン造りってこうだったんだって思い起こさせてくれる。彼らと一緒になって、実験的なことをやるのは楽しいよ。そうやって、一人一人独立して素晴らしいワインを造っていく。いいよね。」

レイドバックな雰囲気を持つアレンは、人懐っこそうでもあり、ついつい声をかけて話し込みたくなるタイプの人だ。加えて、チャレンジ好き・新しもの好きな彼に、スタッフは遠慮することなく自分の意見を持ち寄ることができる。

「僕は、イエス・マンに囲まれるような状況には全く興味がないんだ。そんなの、つまらないだろ。鑑識眼があって、物事をクリティカルに考えることのできる人間が好きなんだ。そして何より、ワインへの情熱がほとばしってる人間(笑)、そういう人と仕事がしたいね。」

Turley試飲

とにかく、忙しくしてなければ体が持たないアレン。ハーベスト時期になると、2ヶ月〜3ヶ月の間、毎日18〜20時間、休みなしに動き回る。「暇でやることない、っていうのが、僕には一番キツい。」という根っからの働き者だ。幸い、すぐ近くに家があるので、もうすぐ2歳になる娘さんが、お父さんのランチを運びに、しょっちゅう奥様とやってくる。素敵なファミリーである。

データ

TURLEY WINE CELLARS  ターリー・ワイン・セラーズ
Webサイト http://www.turleywinecellars.com
「現在、工事中」のメッセージが出てくるが、アレン曰く、「もう5年くらい工事中のままなんじゃないか」とのこと。完璧なサイトができてしまうより、工事中のままなのが、ターリーらしい(アレンらしい)かもしれない。
住所 3358 St.Helena Highway, St.Helena, CA 94574
電話番号 TEL: (707) 963-0940 FAX: (707) 963-8683
訪問 一般公開はしていない。アポイント要。
生産ワイン ジンファンデル、ペティ・シラー。
一口に「ジンファンデル」と言っても、Turleyの場合、Juvenile, Old Vine, Dualte,Dogtown, Tofanelli, Mead Ranch, Pesente, Pringle, Moore, Haynes等、多くの種類がある。 しかも、それぞれが個性的。
生産量 約12,000ケース
ワインメーカー Ehren Jordan
(2002年11月現在)
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